塩田里村(読み)しおたさとむら

日本歴史地名大系 「塩田里村」の解説

塩田里村
しおたさとむら

[現在地名]津名町里(さと)

下司(くだし)村の南にあり、南は宮野原(みやのはら)村(現洲本市)。正保国絵図に村名がみえ、高三六八石余、元禄一三年(一七〇〇)の塩田里村御知行割符帳(田村家文書)は西尾数馬・坂戸伊織拝知分の二冊で、検地帳と棟付帳が一冊に記される。うち坂戸伊織拝知分は高八一石余、請四ツ六分、ほかに定麦一五石余・入木二九束を六軒の家族男子一五人で負担した。天保郷帳では高四〇〇石余。安乎組に属し、反別戸数取調書では反別三四町四反余、高五四〇石余、蔵入高六〇二石余、一八三石余が坂部主税ら六名の給知。ほかに春日神社領一石余があった。「味地草」の家数五三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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