墨俣輪中(読み)すのまたわじゆう

日本歴史地名大系 「墨俣輪中」の解説

墨俣輪中
すのまたわじゆう

現墨俣町域および西の安八町東結ひがしむすぶ・西結と北の本巣もとす穂積ほづみ宝江ほうえの地に位置した輪中。鎌倉期より堤の問題が生じており、永仁五年(一二九七)六月三日の某書状案(東大寺図書館蔵)によると「津布良・墨俣両所堤事」について、墨俣宿寄合がもたれた。現墨俣町と安八町の北を流れていた揖斐いび川は享禄三年(一五三〇)の洪水の際に佐渡さわたり(現大垣市)と結村との間を南流して新河道をつくり、このとき中須なかず川も形成された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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