日本歴史地名大系 「墨村」の解説 墨村すみむら 千葉県:印旛郡酒々井町墨村[現在地名]酒々井町墨馬橋(まばし)村の東、高崎(たかさき)川中流両岸台地上に位置し、右岸に形成された集落を通称前墨(まえずみ)、左岸のそれを通称向墨(むこうずみ)という。須美とも記された。中央には本佐倉(もとさくら)町新宿(しんじゆく)から芝山(しばやま)(現芝山町)に向かう多古(たこ)道が通り、高崎川には大角(おおかど)橋(大川戸橋)が架かる。中世は印東(いんとう)庄のうち。応永一七年(一四一〇)の香取造営料足納帳(静嘉堂文庫)に墨などとみえ、当地には粟原(粟飯原)三郎の所領の田三町余や、御料所一町余、「すみの奉免」三町余があった。また向墨の広畑(ひろばたけ)から出土した明応九年(一五〇〇)の紀年銘を有する鰐口(江沢家蔵)には「下総国印東荘墨郷勝福寺常住鰐口」とあるが、勝福寺は現存せず、伝承も残らない。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by