声問村(読み)こえといむら

日本歴史地名大系 「声問村」の解説

声問村
こえといむら

[現在地名]稚内市大字声問村字声問・字恵北けいほく・字樺岡かばおか・字沼川ぬまかわ・字曲渕まがりぶち・字川西かわにし・字川南かわみなみ・字開進かいしん・字上豊別かみとよべつ・字下豊別しもとよべつ・字上声問かみこえとい・字更喜苫内さらきとまない・字天興てんこう・字あけぼの・字メクマ

明治一一年(一八七八)一〇月に成立した宗谷郡の村。「状況報文」によると宗谷湾に面し、東は宗谷村、西は稚内村、南は天塩国。もとは「クシヤフ」であったが、のち「コイトイ」とよばれるようになった。「メクマ」は谷口青山沿岸図(寛政一〇年、市立函館図書館蔵)にみえ、「夷ヤ四五」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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