壱歩村(読み)いちぶむら

日本歴史地名大系 「壱歩村」の解説

壱歩村
いちぶむら

[現在地名]三和町上壱(かみいち)

上野山(かみのやま)村の東に位置し、美波羅(みはら)川の支流吉原(よしわら)川流域に集落が点在する。世羅郡に属し、南は同郡飯田(いいだ)村。元和五年(一六一九)の備後国知行帳は「市分村」と書き、「国郡志下調書出帳」に「往古ハ市分村と旧記に相見え候へ共、当時ハ壱歩村と書上候、公儀御用向ニハ今に市分村と書上申候」とある。明応二年(一四九三)二月七日付で山名俊豊が毛利弘元に備後国内の所領を安堵した安堵状(毛利家文書)に「備州之内、先知行分、伊多岐、則光壱分、黒河郷、津田郷、重永領家、小国等事、如元可有知行候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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