夕田茶臼山古墳(読み)ゆうだちやうすやまこふん

日本歴史地名大系 「夕田茶臼山古墳」の解説

夕田茶臼山古墳
ゆうだちやうすやまこふん

[現在地名]富加町夕田 南洞

川浦かわうら川以南の東方一帯の山麓に古墳が集中し、夕田地内においては完形三・半壊三・消滅三の計九基が確認され、当古墳は夕田と美濃加茂市下蜂屋しもはちや丘陵に挟まれた南洞みなみぼらの西に向かって延びる丘陵の頂部突端に造営された小型の前方後円墳である。前方部を南南東に向け、全長三六・四メートル、後円部の直径二五・六メートル、高さ四メートル、前方部幅一一メートル、高さは後円部頂上から約二メートル低くなっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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