外川湊(読み)とかわみなと

日本歴史地名大系 「外川湊」の解説

外川湊
とかわみなと

[現在地名]銚子市外川町・外川台町

銚子半島の南端にある江戸時代以来の漁港で、西の犬若いぬわか、東の長崎ながさきも漁業集落である。明暦二年(一六五六)紀伊の崎山次郎右衛門が来銚して任せ網漁を伝え、万治元年(一六五八)から六年余を費やして外川湊を築き、碁盤目状の町割を行ったという。海に向かって真っすぐな道とそれに直交する道となっている。外川の浜は古く家数一千軒もあった猟場で、七、八〇年以前に津波で流失したが、その頃はまた家数多く大猟場であるとしている。この津波は元禄一六年(一七〇三)と考えられるが、延宝五年(一六七七)にもあまたの漁船が流失する津波があった(「先代集」田中家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む