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多治比土作 たじひの はにし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

多治比土作 たじひの-はにし

?-771 奈良時代の公卿(くぎょう)。
多治比水守(みずもり)の子。天平(てんぴょう)15年新羅(しらぎ)使をむかえるため筑前(ちくぜん)(福岡県)につかわされた。のち治部卿,参議などを歴任し従四位上にすすむ。「万葉集」に和歌が1首みえる。宝亀(ほうき)2年6月20日死去。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

多治比土作

没年:宝亀2.6.10(771.7.26)
生年:生年不詳
奈良時代の官人。嶋の孫,水守の子。天平12(740)年従五位下に叙され,貴族官人となった。同15年新羅使来日の際,検校新羅客使となり,筑前国(福岡県)に赴いたが,新羅が調を土毛と改称し,また文書の書式も旧来のものと合っていなかったので,その旨を報告し,新羅使は追い返された。その後,摂津亮,民部少輔,紫微大忠,尾張守,西海道節度副使,文部大輔,左京大夫,治部卿などを歴任し,宝亀1(770)年参議となった。天平勝宝3(751)年藤原仲麻呂邸で開かれた遣唐使藤原清河の餞別の宴に参加し,「住吉に斎く祝が神言と行くとも来とも船は早けむ」と詠んでいる(『万葉集』巻19)。仲麻呂に近い人物であったか。

(森公章)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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