夜部庄(読み)やべのしよう

日本歴史地名大系 「夜部庄」の解説

夜部庄
やべのしよう

大治四年(一一二九)三月日の前安房守伴広親勘注案(近衛家本知信記裏文書)に荘名がみえ、十市郡西一八条三里周辺(現大字矢部付近)の土地の相伝をめぐって、東大寺僧定俊と摂関家領大和国長河(なががわ)庄(現北葛城郡広陵町)下司の源助員の争論のことが記される。この時の両者の証文によれば、仏妙尼は所領の「野部」を承暦三年(一〇七九)一男源助遠・二男の東大寺僧慶観ら子女に分割譲渡し、その後兄弟らはこれを二男慶観に譲与・売却している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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