大中山神社(読み)おおなかやまじんじや

日本歴史地名大系 「大中山神社」の解説

大中山神社
おおなかやまじんじや

[現在地名]亀田郡七飯町字大中山

国道五号の東側に鎮座する。祭神大山祇命・木花開耶姫命。大川おおかわの鎮守三島社と中島なかじまの鎮守稲荷社が合併して成立。「検考録」によると三島大明神の旧社地は二町山寄りで、宝永七年(一七一〇)再建という。「渡島国地誌提要」は原始不詳、享保年中(一七一六―三六)再建とする。また中島村稲生社(稲荷社)について「相伝村落全定ノ年建立年記不詳」と記す。一説に三島社は天正四年(一五七六)南部から渡道した和人によって勧請され、稲荷社は越後国から渡道した和人により文久二年(一八六二)勧請されたと伝える(七飯町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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