大井田御厨(読み)おいだのみくりや

日本歴史地名大系 「大井田御厨」の解説

大井田御厨
おいだのみくりや

現在の大井田一帯がその故地であったと考えられる。御厨としての成立の事情は明らかではなく、保元年間(一一五六―五九)までには伊勢平氏の平正弘領となっていたが、保元の乱の戦後処理で翌二年三月没収され、後白河天皇領に移っている(兵範記)。「神鳳鈔(新校群書類従本)に「内宮大井田御厨元日饗料二十丁、十石、小上分三分」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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