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大伴磐 おおともの いわ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大伴磐 おおともの-いわ

?-? 6世紀前半の豪族。
大伴金村(かなむら)の子。「日本書紀」によれば,宣化(せんか)天皇2年(537)朝鮮で新羅(しらぎ)任那(みまな)を侵攻した際,天皇の命をうけた父金村は,磐とその弟狭手彦(さてひこ)とを任那救援に派遣。磐は筑紫(つくし)にとどまって,その国政をつかさどり,高句麗(こうくり),百済(くだら),新羅に対する防備をかためた。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の大伴磐の言及

【大伴狭手彦】より

…6世紀の豪族。生没年不詳。金村の男。《日本書紀》によると,宣化2年,天皇は大連大伴金村に,その子磐(いわ)と狭手彦とを遣わし,新羅の進攻に対して任那を救援すべきことを命じ,磐は筑紫にあって国政をとり,狭手彦は渡海して任那を統治し,百済を救ったとある。また欽明23年には,大将軍として高句麗を討ち,王の宮殿に入って珍宝・美女等を得,天皇と大臣蘇我稲目とに献じたという。このうちことに欽明23年条の記事は,当時の朝鮮の状況からみて疑わしく,一本にいう欽明11年のこととしても,伝承としての誇張が考えられる。…

※「大伴磐」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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