大原上田村(読み)おおはらうえだむら

日本歴史地名大系 「大原上田村」の解説

大原上田村
おおはらうえだむら

[現在地名]甲賀町大原上田

大原中おおはらなか村の東、大原谷に位置。単に上田村ともよぶ。東西に長く、大原川の支流大橋おおはし川の谷、野洲やす川の支流和田わた川の谷も村域内。集落は南西端の丘陵裾部に発達し、きた山出やまでなどの垣内に分れる。戦国期は上田氏の本拠であったという。寛永石高帳では高九〇一石余、旗本堀田一通領と同一継領。一通領は宝永二年(一七〇五)一族で二分され、幕末に至る(寛政重修諸家譜)。慶安二年書上では田六二五石余・畑屋敷四九石余・永荒川欠二二六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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