大原保(読み)おおはらほ

日本歴史地名大系 「大原保」の解説

大原保
おおはらほ

和名抄英多あいた郡大原郷の郷名を継ぐか。応永三三年(一四二六)に注進した暦応五年(一三四二)の年貢目録断簡(高野山文書)保内地名として筏津いかだつ(現西粟倉村)尾崎おさき江原えのはらなどがみえるほか川成が多いこと、貞治元年(一三六二)銘の日吉山王宮鐘銘(岡山県金石史)に「大原保日吉山王御広前」とあることなどから、現大原町北東部から東粟倉ひがしあわくら村南部・西粟倉にしあわくら村南西部の吉野よしの川と後山うしろやま川流域一帯に推定される。なお前掲年貢目録には市場屋敷が記されている。紀州高野山金剛三昧こんごうさんまい院領。

嘉禎四年(一二三八)三月二五日、足利義氏は北条政子十三回忌に建立された金剛三昧院大仏殿に大原保を寄進、庄務は法眼隆禅に任せ、のち隆禅の門弟相伝とした(「足利義氏寄進状案」金剛三昧院文書、以下同文書は省略)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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