コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

金剛三昧院 こんごうさんまいいん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

金剛三昧院
こんごうさんまいいん

和歌山県高野町にある真言宗の寺院。源実朝菩提を弔うため,承久3 (1221) 年鎌倉禅尼 (北条政子) が高野山内に建立した子院多宝塔貞応2 (23) 年に建造され,柱,壁,長押 (なげし) などには彩色を施し,仏画を描いている。鎌倉時代前期の多宝塔として貴重な遺構で,国宝。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

こんごうさんまいいん【金剛三昧院】

高野山金剛峯寺の子院の一つ。北条政子が源家三代の菩提を弔うために,安達景盛(大蓮房覚智)を奉行として創建。当初は禅定院と称したという。ついで源実朝の近習葛山景倫(願性)が雑掌となって奔走し,1223年(貞応2)ごろ堂舎が完成,臨済僧栄西を導師として落慶供養を行い,その弟子退耕行勇を開山とした。禅宗と密教の兼学を旨とし,代々の長老は山外から任ぜられた。鎌倉時代後期以降,幕府の保護および安達氏,足利氏などの有力な武家の帰依によって,山内諸子院を事実上統轄する有力な寺院に発展した。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内の金剛三昧院の言及

【高野版】より

…用紙は厚手の鳥の子紙を用い,表裏に印刷し,装丁はおおむね粘葉(でつちよう)形を採用した。開版者としてとくに知られる秋田城介(あきたのじようのすけ)(安達泰盛,1231‐85)は,鎌倉執権北条氏の姻戚として勢力をもち,祖父景盛以来の縁故で高野山にはいり,その金剛三昧院(こんごうさんまいいん)は10万余石の扶持を封禄し,武家の愛護のもとに偉大な勢力をもって,開版事業にも力をつくした。現存するものでは1253年(建長5)刊《三教指帰(さんごうしいき)》が最も古い。…

※「金剛三昧院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

金剛三昧院の関連キーワード頓阿(とんあ)高野山(寺院)高野山文書五智如来心地覚心足利義氏高野版鶏足寺粥田荘筑前国行勇兼好頓阿実融覚意義能繁慶慈猛浄弁慶運

今日のキーワード

スタットキャスト

大リーグの全30球場に高精度カメラやレーダーを設置し、ボールや選手の動きを細かく分析。走攻守全てで、これまで分からなかったデータを解析し、試合やチーム作りに生かせる。例えば投手では、投げる球種の回転数...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android