大原窯跡(読み)おおはらかまあと

日本歴史地名大系 「大原窯跡」の解説

大原窯跡
おおはらかまあと

[現在地名]里庄町里見

大原地区にある。大原焼は土師器の系統をもつ熱や水に強い軟質の陶器で、その起源は天正年間(一五七三―九二)とも安永年間(一七七二―八一)ともいわれる。古河古松軒は「古より行基焼の陶器品々諸州へ出し申候。国人はホウロクと称し申事」と述べている(吉備の志多道)。明暦三年(一六五七)の運上銀のなかに「ほふろく運上」二一匁五分がある(里庄村誌)。また現存の大原焼として笠岡市西大島の石砂にしおおしまのいしざこにある「稲荷さん」に元禄四年(一六九一)銘の宝殿がある。

備中誌」に「昔しより陶器砂鍋を造りて産業とす。其製スヤキにして色黒く、他にたぐひなし、鑵子・ほうろく・風炉釜・灯籠・茗炉の類ひ風雅にして殊更価いやしく、人々もてはやしける」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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