大国保・大国庄(読み)おおぐにほ・おおぐにのしよう

日本歴史地名大系 「大国保・大国庄」の解説

大国保・大国庄
おおぐにほ・おおぐにのしよう

古代の邇摩郡大国郷(和名抄)の郷名を継承した保。鎌倉時代は大国庄、戦国期には単に大国と記された。潮(うしお)川の中・上流域、現仁摩町大国町を中心とし、大田市大屋(おおや)町大国に及ぶ一帯に比定される。保元三年(一一五八)一二月三日の官宣旨(石清水文書)に「石見国大国保」とみえ、山城石清水(いわしみず)八幡宮領であった。貞応二年(一二二三)三月日の石見国惣田数注文には「大国庄 卅町」とみえる。領主は不明で、また当庄がいつまで存続したかも不明。元亀元年(一五七〇)と推定される二月二〇日の鵜丸城普請賦帳(閥閲録)によれば、毛利氏は温泉津(ゆのつ)湾頭(現温泉津町)に鵜丸(うのまる)城を築くにあたり「大国三方」に三二杖分の負担をするよう命じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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