朝日日本歴史人物事典 「大場弥十郎」の解説
大場弥十郎
生年:宝暦10.11.11(1760.12.17)
江戸後期の彦根藩世田谷領20カ村の代官。幼名金蔵,諱は宗寿,景運。遠江国周智郡山梨村(静岡県袋井市)の出身。久野金右衛門の次男。家貧しく旗本用人の伯父金原新左衛門の養子となり,寛政5(1793)年34歳のとき,世田谷領代官大場六兵衛の養子に入り代官職を継ぐ。在職42年間の農政は,天明の飢饉以来の農村の荒廃の克服に主眼をおき,農民の諸負担を20項目以上軽減。貧農体験に裏打された農民サイドの政策を展開し,多くの記録,著作を残した。<著作>『世田谷勤事録』『家例年中行事』『公私世田谷年代記』『自然賛』『県の礎』<参考文献>長田美雄『大場家歴代史』
(森安彦)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報