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新古典主義 しんこてんしゅぎ Neoclassicism

翻訳|Neoclassicism

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

新古典主義
しんこてんしゅぎ
Neoclassicism

古代ギリシアローマで達成された美的様式を典型的,規範的な古典とみなし,それを創作の基礎として意図的に取入れようとする態度は,西洋美術史上よくみられるが,特に 18世紀中頃から 19世紀前半にかけて全ヨーロッパに展開されたものを新古典主義と呼ぶ。

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デジタル大辞泉の解説

しん‐こてんしゅぎ【新古典主義】

18世紀後半から19世紀中ごろにかけて、ギリシャ・ローマの古典様式を規範として興った全欧的な美術運動。ダビッドアングルカノーバらが代表者。古典主義
1900年前後にドイツを中心に興った文芸思潮。自然主義ロマン主義に反対し、古典様式への復帰を主張した。
第一次大戦後、後期ロマン派印象主義への反動として起こった音楽上の傾向。古典派音楽のもつ簡潔な形式美を重んじた。ストラビンスキープーランクらの音楽にみられる。

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百科事典マイペディアの解説

新古典主義【しんこてんしゅぎ】

(1)建築では18世紀後半から19世紀にかけてヨーロッパで盛んとなった思潮をいう。ポンペイ遺跡などの考古学的発見と啓蒙思想を背景として,古典古代とりわけ古代ギリシアを規範とした作品が生み出された。
→関連項目アダム[兄弟]アンピール様式グロ国会議事堂コロニアル・スタイルシャドウジロデ・トリオゾンシンケルスフロトルバルセンバトーニパンテオンフォンテーヌプリュードンブレモンポープメングスモラティンレニエロマン主義

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世界大百科事典 第2版の解説

しんこてんしゅぎ【新古典主義 neoclassicism】


[建築]
 18世紀中ごろから19世紀初期にかけてのヨーロッパの建築思潮をいう。この時期に,考古学,啓蒙主義哲学を背景に古典古代の建築を模範とした新しい造形規範が形成された。新古典主義の始まりは,1750年代におけるバロックロココ趣味の流行に対する反発にあり,より確固とした規範を求めて,古代,とくにギリシア建築への憧憬へと至る。遺跡の発掘,実測を通して,スチュアートJ.Stuart,レベットN.Revettによる《アテネの古代遺物》(1757以降)などが出版され,正確な考古学的知識が急速に普及した。

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大辞林 第三版の解説

しんこてんしゅぎ【新古典主義】

一九世紀末から二〇世紀初頭にかけて、西欧、特にドイツに興った古典への復帰を唱える文芸思潮。ネオクラシシズム。
後期ロマン主義への反動として両世界大戦間に現れた音楽の様式。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

新古典主義
しんこてんしゅぎ
Neoklassizismusドイツ語

1900年前後のドイツ文学思潮。当時主流であった自然主義ホフマンスタールなどの新ロマン主義を否定する立場からシラーヘッベルを規範として古典的な形式と高貴な倫理性を要請した。とくに戯曲において、人間の自由意志による決断と論理的構成の必要性を強調し、反自然主義的姿勢を明確にした。理論的著作としては、エルンストの『形式への道』(1906)とルブリンスキーの『現代文学の終局』(1908)が代表的な作品。しかしながら理論が先行し、創作の面ではみるべき成果に乏しい。新古典主義を標榜(ひょうぼう)するエルンストやショルツの数多い戯曲にしても、今日では上演されることがない。これらの作家が忘却されるとともに、この思潮も実質的な意義を失い、文学史に名をとどめるにすぎなくなっている。傍流ではあるが、シュミットボンやビンディングのほうが、新古典主義の名称にふさわしい佳作を残している。[丸山 匠]
『山岸光宜著『現代の独逸戯曲 第2』(1927・大村書店)』

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世界大百科事典内の新古典主義の言及

【オーダー】より

…これがさらにビニョーラにより洗練を加えられ,パラディオの《建築四書》(1570)にいたって実用的な原理として定着した。これ以後オーダーは,古典的建築教程の中心テーマとして権威づけられていくが,18世紀の新古典主義の理論家たちは,ローマ的なピラスターのような用法を排し,古代ギリシア風の構造的実体を伴う円柱形式の復活を主張し,古代ギリシアの神殿,なかでもアテナイのパルテノンをその最も完全な例として賛美し,近代の建築美学に大きな影響を与えた。建築教程の中心としてのオーダーは,19世紀半ばのゴシック・リバイバルから20世紀の近代建築運動に至る間に否定されたが,建築全体の比例調和の意味でのオーダーは生き残り,近代主義の美学の中心となっていた。…

【グリーク・リバイバル】より

…ギリシア復興(様式)。18世紀中葉以降の新古典主義建築の中に主として見られるギリシア様式再発見と応用の動きを指していう。スチュアートJ.StuartとレベットN.Revettが現地調査にもとづいて1762年に出版した《アテネの古代遺物》が,この機運の出発点となった。…

【現代音楽】より

…このようにしてヨーロッパの伝統的な調性と拍節構造の二つを磁極とする閉ざされた音楽的磁場は,開かれた音楽的時間と音楽的空間に変貌したのである。
[第2期 〈新古典主義〉音楽運動]
 両大戦間の第2期の音楽は,第1期の創作活動に対するアンチ・テーゼとして展開され,ヨーロッパの古典主義の音楽を再評価しようとする〈新古典主義〉の音楽運動が中心となった。激しい表出力をもつ三大バレエ音楽を作曲したストラビンスキーは,1920年に,バロック時代の作曲家ペルゴレーシほかの音楽の借用と引用による《プルチネラ》を発表し,27年12月《ザ・ドミナント》誌で,〈古典主義への回帰〉と〈新古典主義の確立〉を明確に主張した。…

【ドイツ美術】より

…このロココ美術は,もはやそれ自身のなかには次代への発展のエネルギーをもっていなかった。18世紀末フランスに革命が起こり,ナポレオンが出現すると,ヨーロッパの美術には堅実素朴な市民階級の美意識に基礎を置く古典主義が再興する(新古典主義)。ウィンケルマンの《古代美術史》(1764)はこの風潮に思想的指針を与えた。…

【フランス美術】より

…ロココ絵画の精髄といわれるワトーのあのどこか哀愁をたたえた繊細な抒情性も,身近な日常の事物にひそむ存在の不思議を堅固な造形性のなかに表現したシャルダンの静物画も,そのような背景のなかから生まれてきたものである。それと同時に,すでに1730年代から始まったヘルクラネウム,次いでポンペイの発掘は,18世紀後半にロココ趣味への反動として登場する新古典主義への重要な契機となった。事実,革命の時代に強烈な共和主義者として,そして帝政時代にナポレオンの宮廷画家として大きな業績をあげたダビッドの新古典主義は,すでに革命以前の時期に形成されていたのである。…

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