大塚御薬園跡(読み)おおつかおやくえんあと

日本歴史地名大系 「大塚御薬園跡」の解説

大塚御薬園跡
おおつかおやくえんあと

[現在地名]文京区大塚五丁目

幕府が寛永一五年(一六三八)に現護国寺境内の辺りに設けた薬園で、正式には牛込薬園といい、雑司ヶ谷ぞうしがや薬園・高田たかだ薬園・目白薬園ともいった。「徳川実紀」同年一〇月二九日条には「このたび品川・牛込の両地薬苑をひらかる」とみえる。「品川」とあるのはいわゆる麻布御薬園のこと。当薬園の園監には山下宗琢(芳寿軒)が任じられ、役米二〇〇俵を与えられ、同心二人・園丁一〇人が付けられている(同書)。敷地は約一万八千坪といわれ、人参をはじめとする種々の薬草を栽培した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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