大多新田村(読み)おおたしんでんむら

日本歴史地名大系 「大多新田村」の解説

大多新田村
おおたしんでんむら

[現在地名]酒田市大多新田・北新橋きたしんばし新橋しんばし曙町あけぼのちよう旭新町あさひしんまち富士見町ふじみちよう

古荒新田こあらしんでん村の北東にある。大田新田村とも記した。万治二年(一六五九)大田与右衛門は南口みなみぐち(現東田川郡余目町)梅木伝兵衛とともに、最上川下流左岸に高一六一石余を開発して遊摺部ゆするべ村を創立したが、最上川の洪水で多くの田畑が崩壊したため、寛文八年(一六六八)村高のうち九〇石、家一八軒が漆曾根うるしそね谷地に切替えを命じられ、与右衛門が中心となり新田を開き、大多新田とした(「申状」遊摺部区有文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む