大多田村(読み)おおただむら

日本歴史地名大系 「大多田村」の解説

大多田村
おおただむら

[現在地名]黒瀬町大多田

乃美尾(のみのお)村の西北方山地に位置し、北は小比曾大河内(こびそおおかわち)村(現東広島市)。村域北西部は標高四〇〇―六〇〇メートルの山地で、その東側から神洗(かれい)川が発して南流し丸山(まるやま)村に入る。集落は神洗川流域に集まる。

元和五年(一六一九)の安芸国知行帳に高二六〇石九斗とあり、「芸藩通志」では田畝四二町四畝余・高二六一・〇八八五石と一斗八升余の増石。これは元禄七年(一六九四)の高入による。明治三年(一八七〇)の郷村高帳(広島大学蔵)でも同高を記すが、ほかに田六畝余・畑一町二段六畝余が見取場とされる。「芸藩通志」によると戸数一二八・人口六六四で、牛六〇、「居民、山業また行賈もあり」と記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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