大妻堰(読み)おおつまゆ

日本歴史地名大系 「大妻堰」の解説

大妻堰
おおつまゆ

いち川が手城てしろ山の東で大きく詰まっている所に設けられた堰堤、およびそこから導水した堰溝。寛政四年(一七九二)田野たの村の清瀬弥兵衛時啓が姫路藩に願出て改修に着手した。まず手城山と糠岡ぬかおか台地のつくる地狭部やや上流に石で堰堤を造り、筵を張って水位を高め、その水を岩盤を掘抜いた溝に疎通させて溝口みぞぐち村中へ導いた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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