大将野庄(読み)たいしようののしよう

日本歴史地名大系 「大将野庄」の解説

大将野庄
たいしようののしよう

円山まるやま川左岸、現野々庄ののしよう一帯にあった庄園。畠庄ともいう。仁安二年(一一六七)以前の八月九日付の但馬守藤原親□書状(陽明文庫蔵兵範記仁安二年秋巻裏文書)に「大将野御庄解事」とみえ、在庁官人との間に何事か相論があり、平安末期には成立していた。弘安八年(一二八五)の但馬国太田文には「大将野庄 五拾七町七反百六十分」とみえ、「畠庄」「宇治安楽院領」「領家円満院宮」「地頭前左大将家御後室」の注記がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む