大徳村(読み)だいとくむら

日本歴史地名大系 「大徳村」の解説

大徳村
だいとくむら

[現在地名]龍ケ崎市大徳町

龍ヶ崎村の東に続く低地にあり、南西部は新利根川に達する。村の成立は小貝こかい川の砂洲形成後と考えられ、戦国期に大徳勘太夫によって開墾されたとも伝えられる(東国闘戦記私聞)。天和二年(一六八二)には天領で代官守谷氏の支配を受け(「乍恐書付を以御訴訟申上候事」木村家文書)元禄郷帳では村高二千三一三石余の大村となっている。寛永年間(一六二四―四四)の小貝川の流路変更、さらに寛文年間(一六六一―七三)の新利根川の締切工事によって広大な葭原開拓が急速に進められたものと思われ、「大徳宮淵生板源清田長竿ニ御座候此村寛文八申同九酉同十三丑三度新田高入候故大郷ニ罷成候事」(加納家文書)とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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