大森安仁子(読み)オオモリ アニコ

20世紀日本人名事典 「大森安仁子」の解説

大森 安仁子
オオモリ アニコ

大正期の社会事業家 有隣園園長。



生年
安政3年12月7日(1857年)

没年
昭和16(1941)年8月3日

出生地
米国・ミネソタ州

本名
アニー・シュプレー(Annie B.Shepley)

別名
別名=安仁

経歴
美術・文学を学び、フランスやイタリアなどヨーロッパにも留学した。明治42年アメリカ・コネティカット州で日本人体育指導者・大森兵蔵と出会い、結婚。次いで43年には夫とともに来日して有隣婦人会を創設し、私費を投じて東京淀橋に児童福祉施設・有隣園を開いた。大正2年に夫と死別するが、なおも日本に留まって福祉事業を続け、11年には日本国籍を取得。12年の関東大震災の後はさらに事業を拡大し、託児所や職業紹介所・簡易宿泊所も経営した。画は文展に入選するほどの腕前を持ち、また、「更級日記」や「聖徳太子」などの英訳を手がけるなど多芸で知られた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大森安仁子」の解説

大森安仁子 おおもり-あにこ

1856-1941 大正-昭和時代前期の社会事業家。
1856年12月7日アメリカのミネソタ州生まれ。1907年コネティカット州で体育指導者大森兵蔵と結婚。翌年の明治41年来日して日本国籍を取得。児童福祉施設有隣園を東京淀橋(よどばし)に設立した。また「更級(さらしな)日記」を英訳した。昭和16年8月3日死去。86歳。旧名はアニー=シェプレー(Annie Shepley)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

ベートーベンの「第九」

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android