大植村(読み)おおうえむら

日本歴史地名大系 「大植村」の解説

大植村
おおうえむら

[現在地名]仁淀村大植

長者ちようじや川最上流、鳥形とりがた山東麓に位置する。中世別符山べふやま五名のうちの西森にしもり名に含まれ、天正一七年(一五八九)の別符山西森名地検帳に名内の小村として大上おおうえ村がみえ、「大上ヤシキ」四反三五代余を中心として小集落を形成。江戸時代には土佐藩家老深尾氏知行の佐川領山分九ヵ村のうちの長者村の枝村であったが、郷帳類では独立して記される。元禄地払帳では本田高一五石余で深尾若狭知行。寛保郷帳によると戸数一九、人口九二、馬二、牛一、猟銃五。享和元年(一八〇一)の「西郡廻見日記」には長者村の内で「地下役不居」とみえる。

長者川上流から深尾氏佐川領外の半山はやま(現葉山村)津野山つのやま(現東津野村・檮原町)へ通ずる往還を押えるため、村内には大植番所が元禄三年(一六九〇)に置かれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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