大楯村(読み)おおだてむら

日本歴史地名大系 「大楯村」の解説

大楯村
おおだてむら

[現在地名]遊佐小原田おはらだ

平津新田ひらづしんでん村の北西にあり、東は大楯新田村。「延喜式」諸国駅伝馬条にみえる飽海駅と蚶方きさかた駅の間にある遊佐駅は、当地に比定されている。一帯が大楯館跡となっており、地名は館跡であったことに由来する。「筆濃余理」に「大館ハ(中略)当所王代楯矛ヲ賜テ、表トセシ処也」と伝えられているとあり、古代に国郡を置いた時にさかのぼるとしている。「出羽国風土略記」によれば、大楯の西に八日ようか町・十日とおか町・六日むいか町があり、遊佐氏の居館の城下町であったらしい。「石黒家記」(飽海郡誌)には「ゆさの庄は湯沢殿あつかい知行三百貫(中略)嘉禎三年めよりゆさ殿断絶、其年は大宝寺へゆさの庄とられ候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む