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遊佐氏 ゆさうじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

遊佐氏
ゆさうじ

室町時代の畠山氏の重臣。出羽国飽海 (あくみ) 郡遊佐郷の出身で,南北朝時代以来管領家畠山氏の執事となり,畠山氏の進出に伴ってその守護代として各地に進出した。特に河内の遊佐氏は有力であった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ゆさうじ【遊佐氏】

室町幕府の管領(かんれい)家畠山氏の譜代の被官。畠山氏が守護となった河内,紀伊,越中,能登など諸国の守護代。名字の地は出羽国(山形県)飽海(あくみ)郡遊佐郷とされる。畠山氏の被官となった経緯は未詳。南北朝内乱前期,遊佐勘解由(かげゆ)左衛門尉が畠山国清の執事として活躍し,伊豆の守護代などになっている。ついで畠山基国が管領家としての畠山氏の地位を確定すると,遊佐国長(長護)が被官人の筆頭的位置を占め,河内,越中の守護代となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

遊佐氏
ゆさうじ

畠山(はたけやま)氏の重臣。出羽(でわ)国飽海(あくみ)郡遊佐郷(山形県飽海郡遊佐町)より出たといわれる。南北朝時代の初めに畠山氏の執事として現れ、その後は畠山氏の分国河内(かわち)や能登(のと)の守護代として活躍する。河内の遊佐氏としては、室町前期の明徳(めいとく)(1390~94)ごろに遊佐国長(くになが)、畠山義就(よしなり)と政長(まさなが)の対立する室町中期に遊佐国助(くにすけ)、長直(ながなお)、そして戦国時代に遊佐長教(ながのり)などの動きが知られる。また能登でも戦国時代に遊佐続光(つぐみつ)らが大きな勢力を誇ったが、織田信長の支配が浸透してくるなかで滅ぼされた。なお奥州探題畠山氏に従った遊佐氏は、のちに仙台藩や二本松藩に仕えた。[酒井紀美]

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