大槻西磐(読み)おおつき せいばん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大槻西磐」の解説

大槻西磐 おおつき-せいばん

1818-1857 江戸時代後期の儒者
文政元年生まれ。大槻平泉の甥(おい)。陸奥(むつ)仙台の人。江戸にでて昌平黌(しょうへいこう)にまなぶ。世界地理や各国の歴史を紹介し,海防論を説く。神田小川町に塾をひらいた。安政4年2月24日死去。40歳。名は清禎。字(あざな)は瑞卿。通称は恒輔。著作に「遠西紀略」「西洋新史」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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