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大治田村(読み)おばたむら

日本歴史地名大系 「大治田村」の解説

大治田村
おばたむら

[現在地名]四日市市大治田一―三丁目・大治田町・追分おいわけ一丁目・前田まえだ町・泊小柳とまりこやなぎ

とまり村の東南内部うつべ川の北にあり、東は川尻かわじり村。西方を伊勢参宮街道が走る。古代の河尻かわじり郷に属したと考えられ、天永二年(一一一一)八月一七日の民有年解案(書陵部蔵壬生家文書)には「河尻郷四条十五治田里八坪」と出る。保延元年(一一三五)一〇月日の寛御厨検田馬上帳(同文書)では「二条十六治田里卅六(坪)町」などがあり、神宮領ゆたけ御厨に含まれていた。「神鳳鈔」には「二宮治田御厨各三石、九十二月」とある。「五鈴遺響」は「吾妻鏡」承元元年(一二〇七)一一月一七日条に「伊勢国小幡村者、為伊勢平氏冨田三郎基度、年来忽緒領家領之、滅亡後、又為没収地新地頭之間、領家女房頻被申之、為大夫属入道善信奉行、今日停止其職、如本可領家進止之由、被仰遣」とあるのを引いてこの地のこととする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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