日本歴史地名大系 「大波下村」の解説 大波下村おおばしもむら 京都府:舞鶴市志楽地区大波下村[現在地名]舞鶴市字大波下朝来(あせく)谷の西端、大波下川の下流に位置し舞鶴湾(東湾)に臨む。集落は海に面した背後の山の西側山麓に集村のかたちで密集する。中世志楽庄朝来村の地と考えられ、近世に入り、慶長検地郷村帳に高五六四・九七石「大波村」とある。大波下村は大波上村ともと一村であったが、享保六年(一七二一)上下の二村に分離したという。分離直後の大波下村の戸数四三(朝来村史)。旧高旧領取調帳によると大波下の高は二四三・九石余。朝来谷唯一の臨海村落で古くから他地方に往復する舟楫の便があり、また河辺(かわなべ)谷・大浦(おおうら)地区と南方の志楽谷・倉梯(くらはし)地方とを結ぶ陸上交通の結節点でもあった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by