大湫宿(読み)おおくてしゆく

日本歴史地名大系 「大湫宿」の解説

大湫宿
おおくてしゆく

[現在地名]瑞浪市大湫町

東の大井(おおい)宿(現恵那市)と西の細久手(ほそくて)宿の間にあった中山道の宿。江戸からは四七番目の宿にあたり、大井宿へ三里半、細久手宿へ一里半。宿名は大久手とも記される。慶長七年(一六〇二)の駄賃定(野呂文書)では、御嵩(みたけ)宿(現可児郡御嵩町)から「大久手」までの駄賃は荷物一駄四〇貫目につき永楽銭二四文となっている。翌八年には大久保長安より一〇人・二五疋の宿役が命じられており(「伝馬定書」同文書)、仮宿として成立していたと考えられる。同じ頃に東方十三(じゆうさん)峠の改修工事が行われ(濃陽志略)、同九年正式に中山道の宿として起立されたらしい。

宿村大概帳によれば、宿内の町並東西三町六間、地子免許はない。天保一四年(一八四三)の宿内家数六六・人数三三八。本(ほん)町に本陣、西(にし)町に脇本陣があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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