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大田原城 おおたわらじょう

日本の城がわかる事典の解説

おおたわらじょう【大田原城】

栃木県大田原市にあった平山城(ひらやまじろ)。同市史跡。比高約25mの龍体山を城域としていた。1543年(天文12)に大田原資清によって築かれた。大田原氏は下野国の戦国大名那須氏配下の那須七党(那須七騎)の一つである。1590年(天正18)の小田原の役で、城主の大田原晴清は小田原の豊臣秀吉のもとに参陣したことから、参陣せず所領を没収された主家の那須氏とは対照的に所領が安堵され、1600年(慶長5)の関ヶ原の戦いでも城主の大田原晴清が東軍に属したことから徳川家康から加増され、江戸時代には1万5000石の大名となった。大田原藩はその後、小藩ながら一貫して大田原氏を藩主として幕末にいたった。1868年(明治1)の戊辰戦争において、藩主の大田原一清は早くから新政府軍側についたことから、奥羽越列藩同盟の諸藩から敵視された。新政府軍の会津攻撃の拠点となることをおそれた会津藩兵の攻撃によって、城下とともに大田原城は三の丸を焼失。1873年(明治6)の廃城令により廃城・破却となった。現在、城跡は龍城公園となっている。JR東北本線・東北新幹線那須塩原駅、またはJR東北本線西那須野駅からバス。◇龍城、龍体城、前室城とも呼ばれる。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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