大股村(読み)おおまたむら

日本歴史地名大系 「大股村」の解説

大股村
おおまたむら

[現在地名]吉永町都留岐(つるぎ)

大藤(おおふじ)村および城(じよう)ヶ畑(はた)から流れる川が八塔寺(はつとうじ)川に合流する地に開けた小盆地にある。東方の山伏(やまぶし)峠を越えると播磨国。峠には「是従西備前国」と刻んだ碑がある。元禄一三年(一七〇〇)に国境改が行われ、当村より播磨国赤穂(あこう)郡大皆坂(おおかいさか)村(現兵庫県赤穂郡上郡町)まで一里一三町五間、山伏峠まで二六町三〇間とされた(撮要録)。慶長一八年(一六一三)の和気郡御勘定帳に神根(こうね)内として大俣村がみえ、物成三九石余、夫米二石余。寛永備前国絵図には大股村とみえ、高九三石余。「備陽記」では田畑六町七反余、家数二六・人数一三六。文化年間の「岡山藩領手鑑」によれば直高一〇五石余で蔵入。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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