大茅村(読み)おおがやむら

日本歴史地名大系 「大茅村」の解説

大茅村
おおがやむら

[現在地名]西粟倉村大茅

現町域最北部に位置し、東はミソギ峠(河内越)を越えると播磨国宍粟(しそう)郡西河内(にしこうち)村(現兵庫県宍粟郡千種町)、北東は若杉(わかすぎ)峠を越えると因幡国八東(はつとう)郡吉川(よしかわ)村(現鳥取県八頭郡若桜町)に通じる。若杉一帯からの渓流は吉野(よしの)川の源流で、坂根(さかね)方面に南西流する。正保郷帳に村名がみえ、田七九石余・畑三五石余。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳では改出高六三石余・開高二六石余、村位は下。津山藩森氏断絶後は幕府領、延享二年(一七四五)から寛政一一年(一七九九)まで播磨三日月藩預、以後再び幕府直轄、天保一三年(一八四二)播磨明石藩領(「美作国郷村支配記」など)。「東作誌」によれば戸数六〇、男一三八・女八八、地字として岩津原(いわつはら)・小才田(おさいだ)・段(だん)・蜂屋・石の塔を記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む