大荒井新田村(読み)おおあらいしんでんむら

日本歴史地名大系 「大荒井新田村」の解説

大荒井新田村
おおあらいしんでんむら

[現在地名]喜多方市松山町まつやままち大飯坂おおいいざか大荒井おおあらい

押切おしきり川を挟み小荒井こあらい村の北西、同川とにごり川の間に位置する。小荒井組に属し、西は濁川を挟んで下三宮しもさんのみや村。応安六年(一三七三)四月二八日蘆名直盛は「大荒居村」内の「正連屋敷六百束苅・石田三百束苅・沢田七十束苅」を小荒居(小荒井)四郎左衛門入道に安堵している(「蘆名直盛安堵状」小荒居家文書)。また「新編会津風土記」によると永禄九年(一五六六)檜原ひばら(現北塩原村)の領主穴沢加賀信徳・新右衛門信堅父子は伊達勢の会津侵入を防いだ功により蘆名盛氏から「大荒井村」を与えられている。しかし天正一二年(一五八四)同村の年貢をめぐって新右衛門と小荒井村の小荒井阿波が争い、穴沢氏は大荒井村を没収されたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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