大萩村(読み)おおはぎむら

日本歴史地名大系 「大萩村」の解説

大萩村
おおはぎむら

[現在地名]愛東町百済寺ひやくさいじ

百済寺五ヵ村の一つで、百済寺の東の山中にある。村域はほとんどが山林で、炭焼を営み、山間の土地に百済寺村から出作にきていた。応仁三年(一四六九)大萩庄と小椋おぐら七ヶ畑との間で山の下草につき相論がおきている(光徳寺記録)。永禄元年(一五五八)九月日に百済寺領のうちで新開の土地一町が「大萩百姓之内九人」により請作されている(「新開作職申請状」百済寺文書)。天正(一五七三―九二)末から慶長五年(一六〇〇)にかけては豊臣氏の支配下となり、高五三石(「見聞集」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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