愛東町(読み)あいとうちよう

日本歴史地名大系 「愛東町」の解説

愛東町
あいとうちよう

面積:四〇・八九平方キロ

愛知郡南東部に位置し、北は湖東(ことう)町・秦荘(はたしよう)町と犬上(いぬかみ)郡多賀町、東から南は神崎郡永源寺町、南から西は愛知川を挟んで八日市市に接し、町域の東半分は鈴鹿山脈で、愛知川や犬上川などの小さな扇状地が連なり、南は愛知川の河岸段丘下に氾濫原が広がる。西を国道三〇七号、名神高速道路が走る。律令時代には秦朝元により鯰江(なまずえ)庄が開発され、渡来人依智秦氏の帰依により百済(ひやくさい)寺が創建されており、古代から栄え、平安期に入ると小椋(おぐら)庄などの庄園が置かれ、内部はさまざまな庄園領主に分有されていた。中世にはこれらの庄園の相伝や用水をめぐる相論が多発した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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