大西覚養(読み)おおにし かくよう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大西覚養」の解説

大西覚養 おおにし-かくよう

?-1578 戦国-織豊時代武将
父の跡をつぎ,阿波(あわ)(徳島県)白地城主となる。長宗我部(ちょうそかべ)元親に敵対したため攻められ開城。のち元親に属し重清城にうつる。天正(てんしょう)6年1月勝瑞城主十河存保(そごう-ながやす)におそわれ戦死。名は覚用,角養,角用ともかく。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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