大谷屋敷跡(読み)おおたにやしきあと

日本歴史地名大系 「大谷屋敷跡」の解説

大谷屋敷跡
おおたにやしきあと

[現在地名]徳島市大谷町

大谷町の北方丘陵部、紅葉山もみじやまにあった徳島藩主蜂須賀氏の別邸。設置の時期は不明だが、享保七年(一七二二)から同一〇年にかけて蜂須賀綱矩がたびたび当屋敷に来て一泊、翌日帰城していた。元文三年(一七三八)九月には蜂須賀宗英も当屋敷に出向いている。明和六年(一七六九)四月藩主蜂須賀重喜は当屋敷居間で、作庭のために招いた千宗室と対面している(阿淡年表秘録)。同年一〇月重喜は幕府から藩内を混乱させたとして致仕を命じられ、家督は子の千松丸(治昭)が継いだ(寛政重修諸家譜)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む