大野介堂(読み)おおの かいどう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大野介堂」の解説

大野介堂 おおの-かいどう

1808-1861 江戸時代後期の儒者
文化5年生まれ。大野拙斎の子。昌平黌(しょうへいこう)でまなび,塩谷宕陰(とういん)らとまじわる。文政12年父の跡をつぎ,越中富山藩校広徳館教授となる。天保(てんぽう)6年祭酒兼監察。のちに藩政を批判して幽閉された。文久元年3月死去。54歳。名は貢。字(あざな)は士文。通称は欽一郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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