大野拙斎(読み)おおの せっさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大野拙斎」の解説

大野拙斎 おおの-せっさい

1772-1830 江戸時代後期の儒者
安永元年生まれ。京都にでて梅荘顕常(ばいそう-けんじょう)にまなぶ。寛政11年越中富山藩につかえる。文化9年昌平黌(しょうへいこう)で古賀精里師事著作に「清倹堂遺稿」がある。文政13年5月25日死去。59歳。名は鼎。字(あざな)は国宝通称は十郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む