大鋸屋町(読み)おがやちよう

日本歴史地名大系 「大鋸屋町」の解説

大鋸屋町
おがやちよう

[現在地名]高岡市大鋸屋町

大工中(だいくなか)町の南に続く両側町で、東は蓮光寺門前(れんこうじもんぜん)、南は佐野(さの)村。地子町で、慶長期(一五九六―一六一五)には武家屋敷であったとも伝える。町名は瑞龍(ずいりゆう)寺の堂宇を建立する際、大鋸屋(木挽)が居住したことによるという(高岡町由緒聞書)。歩数二千七二〇歩六厘で(不歩記)、明治六年(一八七三)には地子地三千三一六坪(沽券調総計帳)。


大鋸屋町
おがやまち

[現在地名]金沢市橋場町(はしばちよう)

橋場町の南に続く片側町で、地子町。南は味噌蔵(みそぐら)町、西は屋張(おわり)町。大鋸町とも称した(天保町絵図など)。町名は大鋸・木挽の拝領地であったことにちなみ、延宝町絵図では七人、文化八年(一八一一)の金沢町絵図名帳でも四人の大工の居住が確認でき、木挽肝煎・大鋸肝煎の裁許下に置かれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む