橋場町(読み)はしばちよう

日本歴史地名大系 「橋場町」の解説

橋場町
はしばちよう

[現在地名]金沢市橋場町・尾張町おわりちよう一―二丁目

材木ざいもく町の北西、浅野川左岸に位置する。浅野川大橋の橋詰にあたり、町名もこのことにちなむものであろう。南は大鋸屋おがや町を経て味噌蔵みそぐら町、西は東内総構堀を隔てて尾張町に続く。両側町で本町。享保一九年(一七三四)の武士町細見図では橋爪はしづめ町、天保町絵図では「掛造」と表記される。掛造かけづくり呼称は立並ぶ露店の家作に由来するともいわれ、当町と尾張町を結んで総構堀に架かる枯木かれき橋も掛作橋の別称がある。元禄元年(一六八八)の浅野川大橋架替時には下流の浅野川小橋が迂回橋として使用された。


橋場町
はしばまち

[現在地名]滑川市橋場町

滑川町を東西に二分してほぼ北流するなか川の河口西岸に位置し、対岸は北から猟師りようし町・おお町・川浦かわうら町に接する。天明三年(一七八三)の滑川町惣絵図(田村家蔵)に橋場町とみえ、中川沿いを南北に走る通りの西側の片側町であった。大町からの北陸街道は中川に架けられた橋を渡って当町に丁字状に突当り、南端で西に折れて瀬羽せわ町に続く。南端東側の中川沿いには高札場が設置され、河口は物資の積出しや漁船の出入りする湊として賑わい、滑川町の浦方を形成していた。


橋場町
はしばまち

[現在地名]魚津市新角川しんかどがわ一―二丁目

南北に走る北陸街道の両側町。通り町八町の一つで、角川右岸にある。当町北端を西に折れると角川町、東に折れると紺屋こんや町、南端の角川に架かる角川橋を渡ると対岸は橋向はしむかい町。天明五年(一七八五)魚津町惣絵図に「橋場町四拾間」とみえ、角川橋は一六間四尺であった。魚津町方の万雑を二分五厘負担していた(魚津町誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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