大間田村(読み)おおまだむら

日本歴史地名大系 「大間田村」の解説

大間田村
おおまだむら

[現在地名]八代町大間田

鵜飼うかい(金川、現笛吹川)の東側にあり、東は南八代村。西部は低地で同川の逆流憂いがあり、東部は水源がないため干害を免れなかった。天正一〇年(一五八二)八月九日の徳川家印判状写(大泉叢誌)に「大間田」とみえ、地内の一八貫文が長坂右近助に安堵されている。また翌年四月一七日にも「増利内大間田」地内四〇〇文が内山平三に安堵されている(「徳川家康印判状写」譜牒余録)。慶長古高帳に大間田とみえ、高三一五石余、幕府領。寛永一〇年(一六三三)と考えられるが旗本小川領となり(「寛政重修諸家譜」など)、元禄郷帳でも変わらず。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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