大須戸村(読み)おおすどむら

日本歴史地名大系 「大須戸村」の解説

大須戸村
おおすどむら

[現在地名]朝日村大須戸

高根(たかね)川の支流大須戸川沿いの村で、南は塩野町(しおのまち)村・小須戸(こすど)村。出羽街道が南北に通り、北は蒲萄(ぶどう)越まで約五キロの一本道。康永二年(一三四三)と推定される二月二一日付の藤原公房書状(三浦和田氏文書)にみえる「嵩東山」は当村付近とされる。この山は出羽国藤島(ふじしま)城(現山形県東田川郡藤島町)への備えの地で、三月一一日から二〇日まで三〇人を率いて警固するよう黒川茂実に命ぜられている。また同年一二月一六日付の同書状(同文書)には「須土宇山」と記し、藤島城の南軍に追われた大河将長の軍勢が当地まで後退したとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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