大龍村(読み)おおたつむら

日本歴史地名大系 「大龍村」の解説

大龍村
おおたつむら

[現在地名]庄内町大龍

大分川右岸の河岸段丘上にあり、西部で阿蘇野(あその)川、東部で芹(せり)川が大分川に合流する。阿南(あなん)庄松富(まつとみ)名内大辰(おおたつ)名の遺称地。江戸時代を通じて肥後熊本藩領。谷手永(享和三年野津原手永に合併)に属した。寛永一一年(一六三四)の同藩豊後国郷帳に村名がみえ高七六三石余。正保郷帳では田高二九九石余・畑高四六三石余、阿南庄に所属。柴山・新田があり、日損所と注記される。「肥後国誌」によれば高四五〇石余、小村の河津があった。別に七倉(しちくら)村高八九石余、当村のうち山鶴(やまつる)村高二五八石余が載る。天保二年(一八三一)の「野津原手永略鑑」によると惣高四七一石余、本方四四五石余で免は二ツ八分余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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