天性寺町(読み)てんしようじまち

日本歴史地名大系 「天性寺町」の解説

天性寺町
てんしようじまち

[現在地名]高山市天性寺町・東山町ひがしやままち

しろ山の北北東、江名子えなこ川の右岸に位置する。天照寺町とも記す。ひがし山にかけての傾斜地で、町の長さ三町余(寛政元年「高山三町村覚帳」高山市立郷土館蔵)一之町いちのまち村に所属し、南は宗猷寺そうゆうじ町、西は島川原しまかわはら町、東は松之木まつのき村。金森氏時代の寺屋敷地にあたり、町名は天正年中(一五七三―九二)建立を伝える天照てんしよう寺の寺名によるという。元禄五年(一六九二)幕府領となるまでは三〇余軒の武家屋敷もあった(飛騨国中案内)。同七年の検地によると屋敷三反余・分米三石余、屋敷持数・家数一二(同八年「一之町村屋舗検地帳」高山市立郷土館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む