日本歴史地名大系 「太子田村」の解説 太子田村たしでんむら 大阪府:大東市太子田村[現在地名]大東市太子田一―三丁目・赤井(あかい)二―三丁目・南郷(なんごう)町讃良(さらら)郡に属し、茨田(まんだ)郡氷野(ひの)村の南、赤井村の西に位置し、南は深野(ふこの)池と新開(しんかい)池(現東大阪市)を結ぶ吉田(よした)川(深野川)に接していた。両池干拓後の河川改修により南は寝屋川を隔てて中村(なかむら)新田となる。地名について地元では、聖徳太子または山背大兄王の所領であったことによるといい、太子堂もあって太子信仰と深くかかわっていることが知られる。天正一二年(一五八四)一一月の河内国御給人御蔵入之内より出米目録(中之島図書館蔵)によれば、讃良郡「たいしてん村」四七石五升は蒲生飛騨(氏郷)の知行、注記に四七石五升出米とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by